ベルギー骨董事情

                                            野原紳嗣

日本ではあまり馴染みのないべルギーのアンティーク事情だが、日本と同様に数多くのアンティーク・フェアがあり、ハッセルト市で毎年二月に行われるフェアに私たちは今年(1998年)も参加した。この都市はベルギーの首都ブラッセルの東方、車で一時間足らずの所にあり、オランダやドイツの国境にも近く、また日本の伊丹市と姉妹都市で日本庭園もある。このフェアはロンドンの The Olympia Fine Art and Antiques Fair のベルギー版と想像して頂ければ解りやすいだろう。

このフェアは出店契約をする前に規則書が渡され、年代リミットや品質に関することが各分野別に細かく書かれてあり、各ディーラーはこれに従って商品構成をする。フェアがオープンする前に数人のエキスパート(家具、絵画、ジユエリー、古代アート、オリエンタル・アートなど)が各ブースを回り、すべての商品をチェックして、もし規則違反の商品があればただちに引き下げなければならないし、そのような商品が多い場合は翌年のこのフェアへの参加資格を失ってしまう。だからどのディーラーも商品集めには非常に神経を使う。

初日は午後六時のカクテル・パーティから始まり、十日間の日程で開催される。会場にはベルギー人はもとよりオランダ人、ドイツ人など、目の肥えた接待客で溢れ、高品質の商品に人気が集まりコレクターの話題になる。ディーラーも国際色豊かで地元ベルギーはもちろん、オランダ、ドイツ、フランス、英国からやって来る。私たちは毎年同じブースを選ぶが、向い側は毎年異なり、今年は英国のディーラーがきて、16-18世紀の家具や置時計を展示し、特に置時計は人気が高かった。
私達も何度か顧客の家を訪問したことがあるが、この種の時計が玄関ホールや廊下に置かれ、ヨーロッパ文化の中で、家具調度品のステイタス・シンボルのような物である。また、その時を知らせる鐘の音はシンプルで、まるで雨上がりの葉っばから雫が池に落ちて静寂を破るかのようだ。

ベルギーのアンチィーク・フェア全般について言えるが、家具のディーラーはブース内にリビング・ルーム、ダイニング・ルーム、そして書斎を作り、リビング・ルームの天井にはシャンデリア、壁にはオイル・ペインティング、床には分厚い絨毯、そして、ファイア・プレイスまで作り、その上には赤いキャンドルを飾ったシルバーのキャンドル・スティツク、もちろんソファなどの家具も趣味の良い物を選んである。ダイニング・ルームには大きな十二掛けのテーブルと椅子のセット、食器やシルバーのカットラリーやキャンドル・スティック、生花を生けてある花瓶、オイル・ペインティング、書斎にもすべてアンティークの家具や調度品でディスプレイされている。個々の物に関して年代や様式が違うが一っのティストで仕上げてあり、このブースのオーナーの感性が感じられる。

私たちは日本の商品を扱い、18-19世紀の根付や置物などの象牙製品、またブロンズや漆器などを並べ、カスタマー、エキスパートそしてオーガナイザーから今回も良い評価を得ることができた。特に根付と置物は人気があり、それらの作品は日本の神話や童話、歴史上の事柄や日常生活など様々な題材が取上げられて彫られている。私たちもしばしばオークションのヴューンイングに出掛け、多くの素晴らしい根付を手にとつて見ることができた。そのうちの何点かは家が買えるほどの値段が付いたものもあり、もちろん私たちには手も足も出ないのだが、未だにそれらの感触を覚えている。

1993年に拠点を東京からベルギーに移し、日本の美術工芸品を主に扱い始めたのだが、今まで知らなかった日本の工芸品の素晴らしさ、日本に住んでいる時には気付かなかったそれらの美しさや巧みな技術、また、アーティストの心意気が世紀を越えて伝わってくる。私は今、日本の美術工芸品が世界一級の美術品であると信じて疑わない。


この稿は野原紳嗣氏によるものです
感想等は、info@nihongo.com までお願いします。
1999年2月23日

本稿は筆者が業界紙「目の眼」1998年11月号に投稿されたものを
転載させていただきました。
なお、転載にあたり、編集および若干の変更をしております。

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