ランの名前の由来

| 中国における蘭 | 欧州における Orchid | 日本におけるラン |
| カトレヤ | 五大属名 | 原種属名 |

 

中国における蘭

一般的には中国における蘭を語る場合には、まずは孔子(Confucius, (551-479 B.C.))から始めることになります。
孔子がその十翼を作ったとされる「易経」には

二人同心ににんこころをおなじくすれば其利断金そのするどきこときんをたつ
同心之言どうしんのげんは其臭如そのかおりらんのごとし。・・・・・(撃辞上伝)

孔子の言行録である「論語」に洩れた孔子の語を集めた「家語」

生於深林しらんはしんりんにしょうじ不以無人而不芳ひとなきをもってかんばしからざることあらず
君子修道立コくんしはみちをおさめとくをたて不謂窮困而改節こんきゅうのためにせつをあらたむることなし。・・・・・(在厄第二十)
與善人居ぜんにんといるは如入芝之室しらんのしつにはいるがごとし久而不聞其香ひさしゅうしてはそのかおりをきかず即與之化矣すなはちこれとかす
與不善人居ふぜんにんといるは如入鮑魚之肆ほうぎょのしにいるがごとし久而不聞其臭ひさしゅうしてはそのしゅうをきかず亦與之化矣またこれとかす。・・・・・(六本第十五)

という言葉が見えます。
ここにいう芝とは芷が正しいのではないかとの指摘があります。
(詳細については青木正兒著「中華名物考」香草小記を参照願います。)

自らの理想の政治的実現を求めて諸侯をめぐったもののどこでも任用されず、意気消沈して魯の国へ引き返す途中の孔子が、深い谷のほとりで「香蘭」を見て、

當爲王者香それらんはまさにおうじゃのかおりたり
今乃獨茂いますなわちひとりしげり與衆草爲伍しゅうそうとごとなす。・・・・・(琴操)

と慨嘆したといいます。

何れの場合も、蘭の高貴な芳しい香りが強調されていることが判ります。
中国上古の蘭と高貴な香りを切り離しては語れません。

 
古代に蘭と言われた植物
蘭または蘭草 = フジバカマ
Eupatorium fortunei
 
山蘭 = ヒヨドリバナ
Eupatorium chinense
var. oppositifolium
 
沢蘭 = サワヒヨドリバナ
Eupatorium lindleyanum DC.
var. lindleyanum

屈原(343 - 277 B.C.) は高踏な生き方を貫いた人物として有名ですが、その自伝的叙事詩「離騒」は「美人香草の辞」とも呼ばれ、君主を美人になぞらえ、君子とその美徳、小人とその悪徳にそれぞれ香草(蘭)と雑草をあてた暗示的な表現に満ち満ちたものです。

離騒
第一段より(意訳)
扈江離与辟芷兮こうりとへきしとをこうむり  江離かおりぐさ辟芷よろいぐさをまとい
紉秋蘭以為佩しゅうらんをつないでもってはいとなす  しゅうらんをつないでおびとした
 
第四段より
余既滋蘭之九畹兮よすでにらんをううることこれきゅうえんなるに  われは広い地にらんを育て
又樹對V百畝またけいをううることこれひゃっぽなり  大きな園にけいを植えもした
 
第五段より
矯菌桂以紉尸aきんけいをあげてもってけいをつなぎ  菌桂きんけい香木こうぼくを取り上げてけい草をつな
索胡縄之纚纚こじょうをなわにしてこれししたり  胡縄こじょう香草こうそうなわによって美しく装うのです
 
第七段より
歩余馬於蘭皐兮よがうまをらんこうにあゆませ  私のうま香る河辺にあゆませ
馳椒丘且焉止息しょうきゅうにはせてしばらくここにしそくす  山椒さんしょうの丘をせてしばらここ休息きゅうそくする
 
第十段より
時曖曖其将罷兮ときあいあいとしてそれまさにきわまらんとす  たそがれゆくときの中に
結幽蘭而延佇ゆうらんをむすんでえんちょす  ゆうらんむすびたたずむ
 
第十二段より
戸服艾以盈要兮とごとによもぎをふくしてもってこしにみて  人みなよもぎを腰に飾り
謂幽蘭其不可佩ゆうらんはそれおぶべからずという  ゆうらんびるにあたいせずという
 
第十四段より
蘭芷変而不芳兮らんしはへんじてかんばしからず  らんしの香草も今は変わってかんばしくなくなり
荃實サ而為茅せんけいはかしてぼうとなる  せんけいの匂いのよい草はしてちがやになってしまった

すでにこの時代には蘭と称されるものが栽培されていたことが判ります。
これらの蘭は現在の分類ではキク科に属するフジバカマなどの植物であったと思われます。

フジバカマの花はたいへん地味で、その全體の形状はほとんど雜草と変わりがありません。
生の葉そのままではあまり香らず、干して乾燥させるとはじめて強い佳香を發します。
この仲間のなかではフジバカマが一番香がよいとのことです。
成分に

クマリン Coumarin C9H6O2
クマリン酸 Coumaric acid C9H8O3
チモハイドロキノン Thymohydroquinone C10H14O2
を含むためといわれます。
この匂ひは蘭花の馥郁たる香に酷似しています。

まず古代の「蘭」の実体について説明を下した現存最古の文献は三国時代(西紀220-280頃)、呉の陸璣が「詩経」の動植物を註した著書の中に「蕳」という草について「蕳」は「蘭」のことで、香草であり、その茎葉は薬草の沢蘭に似て、ただ葉が広く茎の節が長く、節の中が赤く、高さ四五尺、おしろいの中に入れたり、また衣類をしまう時や書物の中に入れておくと白魚(しみむし)を避ける」と説明してある。・・・・・青木正兒著『中華名物考』香草小記より

宋代以降に蘭()と言われた植物
蘭 = 春蘭
Cymbidium forrestii
 
= 紫蘭
Bletilla striata

 

宋の時代になると現在のラン科の植物である春蘭などの蘭の花が盛んに栽培されるようになります。
そして、これらのラン科の植物は偽蘭とされるなど古代の蘭との誤解や混乱が生じたようです。
宋の時代以降は蘭は偽蘭といわれた蘭花すなわちラン科の植物をさし、主に花の姿と香りが愛せられるようになっていきます。

北宋末期の黄山谷(1045〜1105)は「幽芳亭に書す」と題する文章において、近世のいわゆる蘭すなわち「蘭花」をもって古の「楚辞」に詠ぜられたる「蘭」及び「宦vと見なしてその優劣を論じ、そして二者の区別を説明して 『それが華を發するに至って、一幹に一華にして香の餘り有るものは蘭であり、一幹に五七華にして香の足らざるものは宸ナある』といった。・・・・・青木正兒著『中華名物考』香草小記より
“一幹一華而香有餘者蘭、一幹五七華而香不足者宦h。

そして、蘭は一茎一花で香のある草蘭、すなわち 春蘭(今は多花性の春蘭で一茎九花などといったものもあるようです)、宸ヘ一茎多花で香の少ないものを意味し、紫蘭 であると考えられます。
結局、明朝の李時珍(1518-1593)の「本草綱目」では古代の蘭はこれを「蘭草」「沢蘭」「山蘭」に分類し、近代の偽蘭はこれを「蘭花」と名づけて区別を明かにしました。
小野蘭山(1729-1810)によれば、「蘭草」はフジバカマ、「山蘭」はヒヨドリバナ、「沢蘭」はサワヒヨドリバナ、であると述べています。
なお、今日の中国では、フジバカマを蘭草、ラン科の植物を蘭花として区別しているともいわれています。

 

中国は「中華」とも言い、中国人は「華人」と自称しています。草木の「華」は文化が開け栄える状態をイメージさせ、中国そのものを象徴する言葉になっていったのです。草木の「華」は南北朝時代(5 - 6 世紀)頃に「花」という文字に変わったようです。その花好きな中国で蘭は最も好まれてきた花の一つなのです。
花中四君子
のデザイン例

中でも四君子(その高潔な美しさを君子に喩えていう)は中国・日本の絵画で多く描かれてきました。

 

(参考文献 :"中国の文芸と蘭" 木山英雄 - 東洋蘭編集委員会「東洋蘭」、他)

 
Orchis militaris

欧州における Orchid

 

ランは英語で Orchid と書きます。

この Orchid はギリシャ語のランを意味する Orchis がなまったものであると言われています。

オルキス (Orchis) は2000年以上前に名付けられたもので、プラトー (Plato) とアリストテレス (Aristotle) の弟子であり、後に「植物学の父」として知られるギリシャの哲学者テオフラストス(Theophrastus, (d. 287 B.C.))によって書かれた論文 "Enquiry into Plants" に載っています。ランを意味する Orchid はギリシャ語の「睾丸」という意味の Orchis からきたもので、地中海諸島のある種の地生ランが新旧二個の睾丸状の根茎を持つているところから名付けられたと言われます。(加えて、ランの根を傷つけると独特の匂いがして、これが精液の匂いに似ているからともいわれています。)日本での「ハクサンチドリ」(Orchis aristata)「ウチョウラン」(Orchis graminifolia) などが同じ族にあたります。(新旧二個の睾丸状の根茎とは塊根(子球)と塊根(母球)をさすものと思われます。)

Orchis はラン (Orchid) という言葉のルーツとしてだけではなく、実際にラン科ハクサンチドリ族にオルキス(Orchis)属としても名を残しています。また、英国では自国の野生のランには orchis を用い、外国産の栽培種のランには orchid を用いることが一部に行われているようです。 

 

Orchis に関連して性欲亢進剤としての効用が、ガイウス・プリニウス・セクンドス (Gaius Plinius Secundus, 23-79 A.D.) が残した「博物誌」、(プリニウスの博物誌 "Plinii Naturalis Historia" )にのべられています。面白いので、一部を少し引用してみます。

「しかし、オルキス<ラン>またはセラピアスという植物は、不思議なものの一覧表の中でたいへん高い地位を占めている。これはリーキのような葉をしており、茎の丈は1スパン、そして、花は紫色である。根には二つの球茎があってそれは睾丸に似ている。それで大きい方、ある人々のことばでは細い方を水に入れて飲むと欲望が刺激される。小さくて柔らかい方をヤギの乳に入れて飲むとそれが抑えられる。(以下略)」(日本語訳は中野定雄、里美、美代、の各氏 雄山閣より)

プリニウスの博物誌 "Plinii Naturalis Historia" にはこの他にもランに関する記述があるので関心のある方はお読み下さい。

 

(参考文献 :"A History of the Orchid" by Merle A Reinikka, University of Miami Press、他)

 

 

日本におけるラン

 

日本列島ができた時以来、日本にランは存在していたと思われますが、文書に記載された記録にはあまり古いものはありません。古事記(712年)にも日本書紀(720年)にも載っていないとされています。ただし、日本書紀には「蘭」の文字が登場します。

二年春二月丙申朔己酉にねんのはるきさらぎのひのえさるのついたち、つちのとのとりのひに立忍坂大中姫為皇后おしさかのおおなかつひめをたててきさきとす
・・・・・初隨母在家はじめははにしたがひたまひていへにましますときに獨遊苑中ひとりそののうちにあそびたまふ
時闘鶏國造ときにつげのくにのみやっこ従傍徑行之ほとりのみちよりありく
乗馬而莅籬うまにのりてまがきにのぞみて謂皇后きさきにかたりて嘲之曰あざけりていはく能作圃乎よくそのをつくるや汝者也なびとという
且曰またいはく厭乞いで戸母とじ一茎焉そのらにひともとという
皇后則採一根きさきすなはちひともとのらにをとりて與於乗馬者うまにのれるひとにあたふ
因以よりて問曰といてのたまはく何用求なんにせむとからにをもとむるや
乗馬者對曰うまにのれるひとこたへていはく行山撥蔑也やまにゆかむときにまぐなきはらはむという
時皇后結之於意裏乗馬者辭无禮ときにきさき、こころのうちに、うまにのれるひとのことばのゐやなきをおもひむすびたまひて即謂之曰すなはちかたりてのたまはく首也おびとや余不忘矣あれわすれじ
是後こののちに皇后登祚之年きさきなりいでのとしに覓乗馬乞うまにのりてらにこひしひとをもとめて而數昔日之罪以欲殺むかしのひのつみをせめてころさむとす
爰乞ここにらにこひしもの頁搶地叩頭曰ひたいをつちにつきてたくとうしてもうさく臣之罪實當死やっこがつみまことにしぬるにあたれり
然當其日しかれどもそのひにあたりては不知貴者かしこきひとにましまさむということをしりたてまつらず
於是ここに皇后赦死刑きさきころすつみをゆるしたまひて貶其姓謂稲置そのかばねをおとしていなきといふ

(巻第十三 雄朝津間稚子宿禰天皇をあさづまわくごのすくねのすめらみこと 允恭天皇いんぎょうてんのう

「蘭」が春蘭のようなラン科の植物なら「まぐなき」(ヌカガの類の虫)を追っ払うのは柔らかすぎて困難なので、これは「フジバカマ Eupatorium japonicum あるいは Eupatorium fortunei」(キク科の植物) を指すという説が定説とされています。
(少なくとも中国から、遣隋使(600-615)、遣唐使(630-894)の派遣などを通じて漢字の「蘭」という文字が既に伝わってきていたということを意味します。)

 

「蘭」という文字は使われていませんが、出雲国風土記(733年)にはラン科の植物が載っています。

すべて諸山野所在草木もろもろのやまのにあるところのくさきは
卑解ところ升麻とりのあしくさ当帰やませり独活つちたら大薊おほあざみ黄精あまな前胡のせり署預やまついも白朮をけら女委ゑみくさ細辛みちのねくさ白頭公おきなくさ
白芨かがみ 赤箭かみのや桔梗ありのひふき葛根くずのね秦皮とりねこのき杜仲はひまゆみ 石斛いはくすりふじすももすぎ赤桐あかぎりしひくす楊梅やまももつきつげにれまつかやきはだかぢ・・・・・。

飯石郡いひしのこほり 山野・河川)

この出雲風土記にある「白芨」かがみシラン Bletilla striata であり、
「赤箭」かみのやオニノヤガラ Gastrodia elata であると考えられています。
また「石斛」いはくすりセッコク Dendrobium moniliforme であり、「いはくすり」の名から判るように、薬用の植物であったようです。欧州における Orchis が薬用として用いられていたことと同様のことが日本でも起きていたのです。

 

万葉集(759年)には多くの植物が登場します。ここにも「蘭」の文字があらわれ、

天平二年正月十三日、帥の老の宅に萃まるは、宴會を申ぶるなり。時に初春の令き月、気淑く風和み、梅は鏡の前の粉を披き、は珮後の香を薫らす。・・・・・

(巻五-815 の序)

 
忽ちに芳音を辱くし、翰苑雲を凌ぐ。・・・・・あに慮りきや、、藂を隔て、琴と垂ニ無用に、空しく礼節を過して物の色人を軽みせむをや。・・・・・

(巻十七-3967の序)

季節(前出の「フジバカマ = Eupatorium japonicum あるいは Eupatorium fortunei」は正月には咲かない)や内容的にみて今日の「蘭」を指しているのではないかとの説がありますが、具体的な種が判っている訳ではありません。(蘭宸フ蘭は春蘭、宸ヘ紫蘭であると考えられています。)
ここでは「蘭」は「梅」との対比の形をとったり、よい香りがする草とされていて、中国の「蘭」の影響を強く感じさせます。(日本に自生の春蘭、シュンラン Cymbidium goeringii と 中国の春蘭 シナシュンラン Cymbidium forrestii を比べてみたときに、在来の日本のランが概してにおいが少ないこともあり、実際に中国から蘭が輸入されていた可能性が高いとの指摘がなされています。)
また、同じ万葉集の中に、「山上憶良、秋の野の花を詠める歌二首」として

秋の野に咲きたる花を指折りてかき數ふれば七種の花
萩の花尾花葛花なでしこの花女郎花また
藤袴朝がほの花

(巻八-1537, 1538)

とあり、「藤袴=フジバカマ」が別に登場しますので、万葉集では「蘭」は「フジバカマ」とは別であるとの考えを生じさせています。

「蘭」の読み方、発音は中国が lan であるのに対して日本が ran と少し違うようです。また、むかしは rani と訓んだようです。 

 

実際にランが栽培されていた記録としては、ずうと時代をさがって、室町時代に書かれた相国寺しょうこくじ鹿苑院内ろくおんいんない蔭凉軒主いんりょうけんしゅの公用日記である蔭凉軒いんりょうけん日録にちろくの寛正4年(1463年)のところに

「青磁盆に」、「木上に石穀忍草」

とあります。(ここでの蘭はスルガラン Cymbidium ensifolium であると考えられています。これは後に刊行された草花絵前集くさばなえまえしゅう(1695年)の蘭の絵などから推測されます。既にその頃にはスルガランやセッコクが栽培されていた証拠であるといえましょう。)

 

江戸時代になるとランは盛んに栽培されていたようで、日本で最初の園芸書といわれる花壇綱目(1681)には南京えびね(Calanthe sieboldii)、えびね(Calanthe discolor)、春蘭(Cymbidium goeringii)、黄蘭、大蘭、紫蘭(Bletilla striata)、鷺宿(Habenaria radiata)、つれ鷺(Platanthera japonica)、布袋草(Cypripedium japonicum)、敦盛草(Cypripedium macranthum var. speciosum)、妙蘭、澤蘭(Eleorchis japonica)など多くのランの栽培方法などが記載されています。 (注、()カッコ内の学名は推測です。)

 

しかしながら、「蘭」という漢字が植物のランより先に日本に入ってきて、前述のようにフジバカマに使用されたりして、厳密にラン科の植物に使われたとは言えないことは確かなことです。

 

ラン科の植物であって日本語(漢字)の名前があるもので、ランの名が付かないものには次のようなものがあります。(主なものをあげましたが、まだまだあります。)

敦盛草アツモリソウとその仲間 Cypripedium macranthum var. speciosum
布袋敦盛草Cypripedium macranthum var. hoteiatsumorianum
礼文敦盛草Cypripedium macranthum var. rebunense
黄花之敦盛草Cypripedium guttatum var. yatabeanum
小敦盛草Cypripedium debile
熊谷草クマガイソウCypripedium japonicum
海老根エビネCalanthe discolor
霧島海老根Calanthe aristulifera
奄美海老根Calanthe aristulifera var. amamiana
夏海老根Calanthe reflexa
黄海老根Calanthe sieboldii
猿面海老根Calanthe tricarinata
尾長海老根Calanthe musuca
匂い海老根=大霧島海老根Calanthe izu-insularis
徳之島海老根、
嘉津宇岳海老根=沖縄海老根
Calanthe discolor form. Kanashiroi
石斛セッコクDendrobium moniliforme
黄花之石斛Dendrobium tosaense
沖縄石斛Dendrobium okinawense
ウズラのつくものとその仲間Goodyera
深山鶉Goodyera schlechtendaliana
姫深山鶉Goodyera repens
金銀草キンギンソウGoodyera procera
鷺草サギソウHabenaria radiata
大鷺草Habenaria dentata
赤花鷺草Habenaria rhodocheila
琉球鷺草Habenaria longitentaculata
鈴虫スズムシのつくものとその仲間Liparis
鈴虫草Liparis makinoana
富岳鈴虫Liparis fujisanensis
蜘蛛散草クモキリソウLiparis kumokiri
似我蜂草ジガバチソウLiparis krameri
朱鷺草トキソウPoggonia japonica
山朱鷺草Poggonia minor
大輪朱鷺草Pleione formosana
黄花朱鷺草Pleione forrestii
千鳥チドリがつくもの
岩千鳥Amitostigma keiskei
小阿仁千鳥Amitostigma kinoshitae
沖縄千鳥Amitostigma lepidum
青千鳥Coeloglossum viride var. bracteatum
延根千鳥Gymnadenia camtschatica
蝦夷千鳥=白山千鳥Orchis aristata
雛千鳥Orchis chidori
女蜂千鳥Orchis joo-iokiana
水千鳥Platanthera hologlottis
群千鳥Stenoglottis Hybrid
蜻蛉トンボのつくもの
零余子蜻蛉Habenaria flagellifera
水蜻蛉Habenaria sagittifera
大葉之蜻蛉草Platanthera minor
小葉之蜻蛉草Platanthera tipuloides var. nipponica
園原蜻蛉Platanthera sonoharai
奄美蜻蛉Platanthera amamiana
蜻蛉草Tulotis ussuriensis
ほくろホクロのつくもの
葵ぼくろNervila aragoana
一つぼくろTipularia japonica
矢柄ヤガラのつくもの
枝打矢柄Eulophia graminea
鬼之矢柄Gastrodia elata
その他、
深山文字摺ミヤマモジズリGymnadenia cucullata
零余子草ムカゴソウHerminium lanceum var. longicrure
捩花ネジバナSpiranthes sinensis var. amoena
などなど(順不同)

 

また、逆に本当はラン科の植物ではないのにランの名前のついたものには次のようなものがあります。

ラン科の植物ではないもの
オリヅルラン(折鶴蘭)Chlorophytum comosum(ユリ科)
キミガヨラン(君が代蘭)
またはユッカラン
Yucca recurvifolia(ユリ科)
リュウゼツラン(龍舌蘭)Agave americana(ユリ科)
スズラン(鈴蘭)Convallaria majalis(ユリ科)
クンシラン(君子蘭)Clivia miniata(ヒガンバナ科)
シシンラン Lysionotus pauciflora(イワタバコ科)
シダ植物では、
マツバラン(松葉蘭)Psilotum nudum(マツバラン科)
イヌナンカクランTmesipteris(イヌナンカクラン科)
クリハラン(栗葉蘭)Neocheiropteris ensata(ウラボシ科)
コブランOphioglossum pendulum (ハナヤスリ科)
シシラン(獅子蘭)Vittaria fudzinoi(シシラン科)
 

少し違ったところでは、草ではなく木でラン科の植物ではないのに漢字の蘭の名前のついたものに、マグノリア属 Magnolia、一般に言われるモクレンがあります。
倭名類聚鈔(931頃)では「木蘭、一名林蘭、和名毛久良邇」とあります。
また、貝原益軒の花譜(1698)では玉蘭と書いてハクモクレンと読ませています。
現在、
 山玉蘭 Magnolia delavayi
 夜香木蘭(トキワレンゲ) Magnolia coco = Magnolia pumila
などという中国原産のモクレンが日本市場にでています。

 

(参考文献 :"野生ラン栽培の歴史 古代ー中世" 大橋秀昭 - 東京山草会ラン・ユリ部会編著「ふやして楽しむ野生ラン」、他)

 

 

カトレヤの名前の由来

 

カトレヤは英語で Cattleya と書きます。

これは英国の園芸家ウイリアム・カトレイ氏 (Mr. William Cattley, 1788-1835)に由来します。人の名前を属名に使用する場合にはラテン語化しなければなりません。実際にはその人が男性であるか女性であるかに関わらず、末尾に "a" を付けて女性形にすることが決まっています。この結果、Cattley は Cattleya となった訳です。

1818年にブラジルのリオデジャネイロの近くのオルガン山 (Organ Mountains) で英国の博物学者スウェインスン (Mr. William Swainson 1789-1855) によって幾つかの植物が採集されました。これらの植物は開花状態ではなかったので、スウェインスンはそれらが植物的に価値があるものとは考えませんでした。そこで、彼は英国へ送る他の熱帯植物の梱包材としてそれらを使ったのです。送られたこれらの植物のうちの少なくとも幾つかの受け取り人はバーネット(Barnet, ロンドン北部の自治区)に住む熱帯植物の輸入者で栽培家のウイリアム・カトレイ氏でした。園芸の理解者で最初のランの趣味収集家の一人であるカトレイ氏は梱包に使われているおかしな格好の植物に興味を持ち、工夫をしてそれらの植物を育ててみたのです。その結果、その年の11月にそのうちの一つが花開いたのです。カトレイ氏は、花が今までに見たどんなものとも全く違っていて、大きくて、トランペットのような唇弁を持ち、これまでに栽培した最も魅惑的なランであったので大喜びしました。この名のない花を見た分類学者のジョン・リンドレイ氏 (Mr. John Lindley, 1799-1865) はカトレイ氏の名誉を記念して新たにカトレヤ(Cattleya)属を設け、特に印象的な大きな唇弁にちなみ、原種名を(唇、くちびるの意味のラテン語の labium からとって) labiata と命名しました。

その後、ラン栽培熱は過熱して、一大ブームを迎えます。そして、膨大な数のランが南米からヨーロッパに送られました。今では原産地のリオデジャネイロ周辺では自生の Cattleya labiata はもう見つけることができないといわれています。 真に残念なことです。

 

(参考文献 :"A History of the Orchid" by Merle A Reinikka, University of Miami Press、他)

 

五大属の名前の由来

 

ランの中で主たる五つの属を挙げれば、カトレヤ Cattleya、シンビジューム Cymbidium、デンドロビューム Dendrobium、パフィオペディラム Paphiopedilum、ファレノプシス Phalaenopsis ですが、カトレヤ以外の四つの属の名前の意味を簡単に述べておきます。

  1. シンビジューム Cymbidium はギリシャ語の「ボート」を意味する kumbe から変化したラテン語の cymba と idium は「生物用語に用いられる指小辞」からなっています。ですから、昔はキンビディウムともよんでいたのです。唇弁の形が舟形をしているところから付けられました。Olof Swarts(1760-1818) の命名になります。
  2. デンドロビューム Dendrobium は dendoro はギリシャ語で「樹」を意味し、bium は bios 「生活」を意味します。Olof Swarts(1760-1818) の命名になります。
  3. パフィオペディラム Paphiopedilum は Paphio が ギリシャ語の paphia 「パポス(paphos)の」あるいは「女神アプロディーテー(ヴィーナス)の」からきており、pedilum は pedilon に由来し「スリッパ」を意味します。元は Cypripedilinae であったものを四つに組み替えてその一つに名付けたものです。Cypri は「キプロス島の」意味です。 Ernst Hugo Heinrich Pfitzer(1846-1906) の命名になります。
  4. ファレノプシス Phalaenopsis はギリシャ語の phalaina 「蛾」と opsis は「・・・に類似の有機体」の意味です。花の形が熱帯の蛾に似ているところから付けられました。Karl Ludwig Blume(1796-1862) の命名になります。

 

カトレヤ類の主たる原種属名の由来

 

Cattleya(カトレヤ)以外のカトレヤ 類の主な原種属名の簡単な意味を述べておきます。

  • Barkeria(バーケリア)は英国の著名なランの栽培家である George Barker の名誉を記念して名付けられました。彼がこの種の最初の輸入者であったとされています。
  • Brassavola(ブラッサボラ)はヴェニスの貴族で植物愛好者であったSir. Antonio Musa Brassavola のために名付けられました。彼はイタリアの Ferara で哲学及び薬学の教授であったといいます。
  • Broughtonia(ブロートニア)は19世紀の初めにジャマイカで植物の収集にあたった英国人 Arthur Broughton の名誉を記念して名付けられました。
  • Cattleyopsis(カトレイオプシス)はカトレヤとギリシャ語の opsis すなはち「外観」とからできており、カトレヤに外観が似ていることを意味します。
  • Caularthron(カウラルスロン、又は、コーラスロン)はギリシャ語の kaulos すなはち「茎」と arthron すなはち「継ぎ目」からきており、茎に葉が頑固につくことを意味します。
  • Domingoa(ドミンゴア)は発見されたドミニカ共和国の首都サント・ドミンゴ St. Domingo に由来します。
  • Encyclia(エンサイクリア、又は、エンシクリア)はギリシャ語の enkyklein からきており、唇弁の脇のひだがカラムを丸く包み込んでいる様をさしています。
  • Epidendrum(エピデンドルム)はギリシャ語の epi 「上に」と dendron 「木」から、この属の大部分の種が木の上の着生ランであることを意味します。
  • Hexadesmia(ヘクサデスミア)はギリシャ語の hexa 「6」と desmos 「鎖もしくは帯」から、6つの花粉塊がつながっていることを表しています。
  • Hexisea(ヘキシセア)はギリシャ語の hexa 「6」と isos 「等しい」から、6つの花被片がほぼ等しい(同じ形をしている)ことを表しています。
  • Isabelia(イサベリア)はブラジルの伯爵婦人、Isabel de Alcantara に由来します。
  • Isochilus(イソキラス)はギリシャ語の iso 「等しい」と cheilos 「舌」から、唇弁がと他の花被片がほぼ等しい(同じ形をしている)ことを表しています。
  • Laelia(レリア)は Vestal virgin すなはち、女神の祭壇に燃える不断の聖火を守った6人の処女の一人の名前です。
  • Leptotes(レプトテス)はギリシャ語の leptotes すなはち、(葉の)「繊細さ」を意味します。
  • Meiracyllium(メイラキリウム)はギリシャ語の meirakyllion 「小さな仲間」から付けられたもので小型種で数花をつける形状に由来しています。
  • Nageliella(ナゲリエラ)はメキシコの植物採集者、Otto Nagel に由来します。
  • Neocogniauxia(ネオコグニオークシア)はベルギーの植物学者、Alfred Cogniaux に由来します。
  • Rhyncholaelia(リンコレリア)はギリシャ語の rhynchos すなはち、「くちばし」を意味し、 laelia は前述のレリアを意味します。この属は一時 laelia に属していたものを分離したので、名前が残っているのです。
  • Schomburgkia(ションバーキア)は英国人で特にギアナ地方を探検、収集した Sir. Richard Schomburgk の名誉として名付けたものです。彼はオーストラリアのアデレードの植物園の園長になりました。
  • Sophronitella(ソフロニテラ) Sophronitis(ソフロニティス)の小柄なものです。
  • Sophronitis(ソフロニティス)はギリシャ語の sophronia 「純潔な」もしくは「慎み深い」という意味からきており、どちらかというと目立たない性質の小柄を暗示しています。