<有名なダイヤモンド>

コ・イ・ヌール | リージェント | ホープ | ユーレカ | カリナン | テーラー・バートン

コ・イ・ヌール(光の山) (Koh-i-Nur)

1526 年までは相争う二人のインドの王侯の手を経たこの石は中国からインドへ侵入して きたムガール帝国がすべての王侯たちを征服してコイヌールを押収しました。 200 年 たって、ペルシャのナディール王がインドを征服した時、そのコイヌールはペルシャに 移りました。 そこで又相次いで起こった一連の暗殺、陰謀の中で、所有者は次々と変 わりました。 ペルシャからコイヌールを取り返したのはパンジャブの虎といわれたラ ジット・シンでした。
そして1849年英国がインドを征服した時、シンはビクトリア女王にこれを譲り渡したの です。 残念なことにビクトリア女王はコイヌール (186 carats) を再カットし、重さ は殆ど半分(108.93 carats) になってしまったのです。
現在、他のクラウン・ジュエリーと共にタワー・オブ・ロンドンに保管されています。


リージェント (Regent)

1701 年、インドのダイヤモンド鉱山で働いていたある男が大きな原石 (410 carats) を 発見しました。 男は自分のふくらはぎに大きな傷をつけ、その傷の中に原石を埋め込んで鉱山を逃走しました。 その後、男は一人の船長にどこかの遠い国へ連れて行ってくれるように頼み、原石を渡しました。 船長は約束を守らず船が沖にでると男を海の中に投げ込んでしまいました。 船長はその原石を 5000 ドルでインドの商人に売り渡し、商人はそれをマドラスの英国人知事サー・トーマス・ピットに 10 万ドルで売りつけました。 サー・トーマスは原石を研磨しました。 大きさは半分ほど (140.50 carats) になった ものの素晴らしい美しさでした。 後のリージェント・ダイヤモンドの誕生です。
それを、オルレアンズ公爵(フランスの摂政 Regent of France)が 60 万ドルで買い取 りました。 その後、フランス革命のどさくさに王冠に輝いていたこのダイヤモンドは盗まれました。 しかし、数週間後にエリゼ宮の溝の中から発見されました。 泥棒も余りにも有名なこのダイヤモンドは売ることができなかったのです。 フランス共和国政府はこの貴重なダイヤモンドを接収し、後になって、それはナポレオンの儀式用の剣の柄にはめこまれました。 
現在ルーブル博物館に展示されています。


ホープ (Hope)

有名な旅行家のタベルニエが 1642 年にインドから持ち帰った大きなブルーのダイヤモンドの一部がこのホープのダイヤモンドになったと言われています。 このタベルニエの石は、1668年ルイ十四世に売られ、転々と変わった持ち主を次々と不幸に陥れた宝石として有名です。 このダイヤモンドを受け継いだルイ十六世と王妃マリーアントワネットはフランス革命で断頭台の露と消えました。 1792年にフランスの王冠の宝石が盗まれ際に紛失してしまいました。 それ以来、もとの姿のままで見た人はいません。 しかし、1830年にホープのダイヤモンド (44.50 carats) は同じ色合いのもっと小さな石と共にロンドンの市場に現れました。 そして結局ホープのコレクションの一つになったのです。 ホープ家では不慮の死や不幸が続きその後の持ち主も不運に見舞われました。
この有名なホープのダイヤモンドはワシントンのスミソニアン博物館で見ることができます。


ユーレカ (Eureka)

アフリカ大陸で発見された最初のダイヤモンドでユーレカ(我、発見せり、というギリシヤ語)という名前が付けられました。 原石 (21 carats) は欧州でカットされて (10.73carats) になりました。 その後、この石は南アフリカに戻されてキンバリーの金鉱博物館に展示されています。


カリナン (Cullinan)

1905年、世界一大きなダイヤモンド原石として南アフリカのトランスバールで産出しました。 その鉱山会社の主任であり、また所有者でもあった人の名にちなんで、カリナン・ダイヤモンドと命名されました。 原石の重さは 3106 カラットありました。 このカリナン・ダイヤモンドは最後には英国のエドワード七世に献上され、王はこれをカットして9 個の大きな石と 96 の小さな石にしました。 そのうちの一つカリナンT (530.20 carats) はペアシェープでアフリカの星と呼ばれるもので、カットされたダイヤモンドでは世界最大のものです。
現在、タワー・オブ・ロンドンに保管されています。


テーラー・バートン (Taylor-Burton)

リチャード・バートン Richard Burton が最初にエリザベス・テーラー Elizabeth Taylor に贈ったダイヤモンドは 33.19 カラットのエメラルド・カットのクルップ Krupp と呼ばれるダイヤモンドでした。 ミス・テーラーはこの石を指輪として使いました。 そのほか有名なペルグリナ La Peregrina と呼ばれる素晴らしい真珠を贈ったりしています。
そして、1972年のエリザベス・テーラーの 40 回目の誕生日の贈り物として、後にテーラー・バートンと呼ばれることになる 69.42 カラットのペアシェープ形のダイヤモンドを 贈っています。 このダイヤモンドはプレミア Premier 鉱山でとれた 240.75 カラット の原石をハリー・ウィンストン Harry Winston が買ってカットさせたもので最高の品質 のDカラー、Flawless の宝石であるといいます。 この石は 1969年にオークションにかけられ、百万ドルを越える値がついて、カルチエ Cartier が落札しますが、その後リチ ャード・バートンに買い取られます。 グレース王妃の 40 回目の誕生日にエリザベス・テーラーがつけてゆくなど話題を呼んだこのダイヤモンドも 1978年にリチャード・バー トンと離婚したエリザベス・テーラーによって競売にかけられ、約 50 万ドルで落札され、 現在はサウジアラビアに渡っていると言われます。


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