第2章

真珠の養殖と加工



 
真珠の養殖 | 真珠の加工 | 養殖真珠の地位の確立



真珠の養殖



 
真珠


英虞湾の養殖場


 
養殖技術の発展 中国の仏像真珠 | 西洋における養殖の試み | 日本の半円真珠 | 日本の真円真珠

真珠養殖の工程 稚貝養殖 | 母貝養殖 | 仕立て作業 | 核の準備 | ピース切り | 挿核手術 | 養生 | 珠貝養成 | 浜揚げ

貝掃除の作業など 附着物 | 貝掃除 | 貝の病気と害虫


養殖技術の発展

中国の仏像真珠


十三世紀には中国の南部に於いて淡水産の真珠貝( カラスガイ Cristaria plicata)の貝殻と外套膜の間に土や鉛で仏像(主として座像)や半球を作り貝殻に貼り付けて、これに真珠層をかぶらせて作る「仏像真珠」と呼ばれる技術が開発されていた。
真珠真珠

真珠



西洋における養殖の試み

十八世紀にはスウェーデンの植物学者カール・リンネ(Carl linne)は淡水産の二枚貝を使って真珠の形成を試みました。 これは貝殻に小さな穴をあけて、細い銀線の先にライムストーン(limestone=石灰岩)を付けて挿入する手法でした。 この方法はスウェーデン国王によって買い取られ王室の独占になったと言われていますが、結局、あまり実質的ではなかったとされています。

真珠
CARL von LINNE (1707-1778)


日本の半円真珠

東京帝国大学教授箕作佳吉博士 
真珠
日本では御木本幸吉が東京帝国大学教授箕作佳吉博士の援助によって明治26年(1893年)に5個の半円殻付き真珠を完成しました。
御木本幸吉は明治29年(1896年)に「特許第二六七〇号真珠素質被着法」を取得します。
これは基本的には貝殻と外套膜との間に核(挿入する核は食塩で磨くか、濃厚食塩水に浸す)を挿入するというものでした。
そして御木本幸吉は明治32年(1899年)には東京銀座4丁目に御木本真珠店を開業します。

その後、この特許については半円殻付き真珠を作る技法自体の核心部分は既に御木本の特許出願以前から中国の仏像真珠作りの例や英国の百科事典「ブリタニカ」などの各種の公刊物によって知られており、「公知」の事実であるとして争われ、結局、明治45年(1912年)に大審院の判決により、御木本幸吉が特許を受けた明治29年以前に既に「公知」であったとされました。
これは実質的には特許の核心部分が無効であったことを意味します。

しかしながら、明治29年(1896年)から明治45年(1912年)の間、実際に御木本は「特許」の恩恵に与ったのは確かなのです。
(御木本が発明家としての評価よりも事業家としての評価がなされる所以です)

真珠 真珠
御木本幸吉 (1858-1954)と銀座の御木本真珠店


日本の真円真珠

真円真珠の養殖技術を発明したのは見瀬辰平西川藤吉で明治40年(1907年)頃のことです。

真珠
見瀬辰平 (1858-1954)


町の発明家といえる見瀬辰平は明治40年(1907年)3月真円真珠産出の技法を特許出願しています。
これは真珠貝の外套膜に注射針を用いて銀微粒核などを注射し、真円真珠を作るものでした。
見瀬辰平はこの特許出願「介類ノ外套膜内ニ真珠被着用核ヲ挿入スル針」において外套膜組織内に注射針を用いて核を挿入するとき「外皮細胞ノ幾分ヲ核ニ伴ハシムルコト最モ必要ナリ」と述べており、現在の真円真珠養殖技術の中核となる核の挿入と共に外套膜の外皮細胞を必要とすることを述べていることは注目に値します。
見瀬辰平はこの特許出願に続いて明治40年5月に「真珠人工形成法」を出願しています。 その後次に述べる西川藤吉の明治40年(1907年)10月に特許出願した「真珠形成法」との間で特許抵触事件となるのです。


真珠
西川藤吉(1874-1909)
西川藤吉の「ピース式」
東京帝国大学教授箕作佳吉博士の門下生であり、御木本幸吉の次女「みね」の娘婿である西川藤吉は明治40年(1907年)5月と10月に一連の真円真珠産出の技法を特許出願しています。
これは真珠貝の外套膜組織の一片を切り取って真珠貝の体組織の中に挿入するというもので、真珠貝の外套膜上皮細胞によって「真珠袋」が作られ、この「真珠袋」が分泌する貝殻質をもって作られるのが「真珠」であるとしています。
この技法は「ピース式」あるいは「西川式」と呼ばれています。
当時の特許の制度は現在の「先願主義」とは異なり、「先発明主義」を取っていました。
このため、発明に競合する部分があれば、先に発明したことを立証して争うこととなり、その決着は容易ではありませんでした。 この時は意外に早く明治41年(1908年)9月に調停が成立しています。 この背景には西川藤吉の病が重くなったことと、帝国大学の権威を守ろうとする力が働いたとされています。
この結果、大正6年(1917年)に特許(特許 第30711号「真珠形成法」、出願1907年)を取得しました。 西川藤吉/眞珠形成法(第29629号 大正5年(1916年))
見瀬辰平の「誘導式」
見瀬辰平が大正6年(1917年)に出願した特許第 37746 号球形真珠形成法は、大正9年(1920年)に登録され、「西川式」と並んで当時の代表的技術となりました。
外套膜上皮細胞を毛細孔を通して、真珠核表面に導き、そこに真珠袋を形成させるというものです。
この技法は「誘導式」と呼ばれています。


御木本幸吉の「全環(巻)式」
真珠層を分泌する外套膜外面上皮細胞で真珠核を包み、これを表皮の下層に移植、圧着させ、極細の糸で結索した後、真珠貝体内に挿入して真珠を作る方法です。


真円真珠施術技法としては以上の3方式が出現しましたが、結局、施術作業の難易度やその結果から
西川藤吉の「ピース式」が主流となり、集約されていきました。


 

 
真珠養殖の工程


  真珠養殖の工程は大きく次のように分けられます。

 
稚貝養殖
 
 
母貝養殖
 
 
仕立て
 
 
核の準備
 
 
ピース切り
 
 
挿核手術
 
 
養生
 
 
珠貝養成
 
 
浜揚げ
 


以下にあこや真珠の場合を例にとって作業内容を説明します。


  真珠

稚貝養殖



稚貝養殖には天然採苗と種苗生産があります。

天然採苗は貝が海で自然に産卵したものを生まれたての稚貝の段階で1ー3ヶ月かけて杉葉をコレクターとして採苗(貝の稚貝を杉の葉に付着させます)します。
右の写真は天然採苗で稚貝が付着したところです。
真珠

種苗生産は選別された親貝に産卵させ育てるものです。
よい種苗を得るためには、次のような作業が必要です。 真珠 左の写真は受精をさせているところです。

右の写真は餌となる
プランクトンの培養風景です



受精後は約20時間で殻形がほぼローマ字のDを示すことからD型と呼ばれる幼生となり、
泳ぎながら餌となる植物性プランクトンをとり始めます。

受精卵
桑実期
受精後1日まで
浮遊期幼生(D)
受精後1-5日
殻頂膨出期(U)
受精後5-18日
付着直前期(F)
受精後15-25日
真珠 真珠 真珠 真珠 真珠


天然採苗から種苗生産へと移行してきていると言えましょう。 何れの場合でも稚貝は何度か取捨選択されます。 

 

稚貝育成

真珠 真珠

15日から25日の間水槽での浮遊生活を送った仔貝は、その後附着生活になります。
このためにコレクターと呼ばれる農業用の遮光ネットを水槽に入れて稚貝を付着させます。
これを沖出し籠に入れて海で育成します。

左の写真はコレクターを吊るした沖出し籠です。

右の写真は稚貝育成籠です



 

母貝養殖

真珠 真珠

 

母貝養殖の方法は通常チョウチン篭、丸篭に成長に応じてパールネットに移します。
管理の中心は貝掃除、貝殻寄生虫駆除で一般的にあこやの場合、生後一年半程度で出荷されます。

健康な母貝の条件としては、
貝殻寄生虫の感染がないこと、
貝殻が変形していないこと、
貝殻の欠損がないこと、
貝肉が充実していることなどです。

仕立て作業


仕立て作業とは挿核手術を行う前に、母貝を挿核手術に適した状態に調整する作業です。

  (貝を冬眠状態にする) 真珠

挿核手術は、メスを貝の体内深く挿入し「切る」という大きな刺激を与えると共に、「核」という大きな刺激要因を体内に残すことになります。 そしてこの強烈な刺激は創傷部分が治癒するまで長い時間続くことになります。
このような貝にとって大きな、そして長期にわたる刺激を無事に通過させ、脱核などの事故を起こさせないためには長期にわたり神経活動や各臓器の活動が抑制されていなければなりません。
即ち、深い睡眠状態を作る必要があります。
あこや貝は一般的に水の流れに応じて活動するので極めて遅い流れの中に貝を置いて、貝全体を冬眠状態にすることが仕立ての基本です。

写真は仕立て籠です
  (卵抜き、卵止め)

実際の仕立て作業は「卵抜き」や「卵止め」と言われる方法によっています。
これは生殖線に核を挿入する場合に、生殖細胞が邪魔になります。
生殖線の発達は真珠のシミやキズの原因になったり、脱核や斃死の原因になるとされています。
この為、挿核に際して生殖線を空の状態にする必要があります。
 「卵抜き」は人為的に産卵を促進し、自然の産卵期より早い時期に産卵を終わらせてしまう方法です。
貝を少なめの密度で籠に入れ、比較的水温の高いところで飼育して、生殖腺の成熟を早めて、
温度刺激を与える等の方法で放卵や放精を促します。
「卵止め」は前の年の秋から冬の低温を利用して、通常の数倍の密度で貝を籠に詰め、生殖線の発達を抑制する技法です。


  (貝立て、栓さし)

挿核手術の為に貝の口に木製の楔形の栓をさす作業を言います。
急に貝の口を開けようとすると貝柱の閉殻筋が切れてしまったり、貝殻が割れるなどの事故が起こります。
そこで、貝の生理活動を利用して殻の開閉を行わせるようにして、栓をさします。

 




真珠の核の準備


養殖真珠発明当初の核は、散弾の鉛玉やガラス玉などで、サイズもきわめて小さなものばかりでしたが、貝にとっては同質の貝殻物質がよいという事から、中国産の淡水二枚貝(ガマノセガイ(蝦蟇背貝)属 Genus Lamprotula )を用いて、「貝殻核」がつくられるようになりました。
そして、第二次大戦後は中国産の貝が入手不能となったために、アメリカのミシシッピー河産の淡水二枚貝(通称ドブ貝と言い、ピッグトウ貝 Fusconaia flava ニガーヘッド貝 Fusconaia ebenus など) に切り換えられましたが、近年になり中国産の淡水二枚貝が再び入るようになりました。
代替品として、シャコ貝の核を使ったりもしますが、粘りがありすぎて、穴あけをする時に針が折れて、加工がしにくいと言います。
その点、ドブ貝は最適とされております。
核の製造はあこやの養殖しているところでは、何処でもやっていますが、淡路島が盛んな産地で、ここでは昔ながらの貝ボタンも製造しています。
同じ条件のもとで育った真珠の品質に差が生じるのは、しようがありませんが、より大きな真珠を得ようと大きな真珠核を使うと良質の真珠が採れる確率は下がることになります。

真珠核のサイズは、〜分(ブ)〜厘(リン)という単位を使い、口頭でいう場合は、2.1分(=にぶいち)、2.2分(=にぶに)と言います。
7mmの真珠を作る場合は、普通は2.1〜2.3分の核を使用します。

具体的な核の作り方は次の通りです。

真珠

  原料の貝は選別され、
希望の核の大きさに従って、
裁断機で

@厚み部分だけを取る大割り、
A次いで短冊割り、
B小切りし、四角の小片にし、
C”ごろ”にかけて荒丸めし、
D”円盤”で丸めて球体にします。
E最後に研磨には川砂、
 仕上げには金剛砂を使います。
 塩酸等で艶を出して仕上げます。


あまりよくない真珠や提出珠(ハネ)も真珠層を剥いて、核だけもう一度磨き再生核として販売されます。
その場合、小さな真珠より8mmアップの真珠のほうが、小さくなる分だけ高値で売り買いされます。
また、剥ぎ取った真珠層は、薬や化粧品用として販売されます。

出来上がった核も中には品質のよいものと悪いものもあります。
ここで、良いものと悪いものの見分け方をご紹介させて頂きます。
  1. 真円の球であること、一部が欠けているものはいけません
  2. 真っ白であること、ストライプ(縞模様)のあるものはいけません
  3. 均一の光沢であること、ギラ(一部が光っている)のあるものはいけません
  4. 全体に照りがあること、照りのないものはいけません
 一等核                              シミ核  



ピース切り


「ピース」とは英語のように聞こえますが日本の呼び方です。
「ピース」とは貝の外套膜 mantle の(細胞)片 piece を日本人が簡略な表現にしたのです。
アコヤ貝の場合は別な貝を開いて作られます。
(南洋真珠のシロチョウガイなど高価な貝でピースに適した部分が少ない場合には同じ貝から作る場合もあるようです)
 英語では graft 或いは graft tissue を使っており、これは日本語では「移植組織」にあたります。


 

ピースを作るために犠牲にする貝をピース貝といいます。 ピース貝の選択にあたっては、病気などのない、健康な貝を選びます。 論理的には貝殻の真珠層がきれいなものが望ましいことになります。 ピース貝は3年程度の若い方が真珠の巻きを早めると言われています。 

「ピース」には(「真珠母貝の生化学(外套膜の役割)」にて説明したように)、 外套膜の外套膜縁部(先端部)、外套膜部(縁膜部)、外套腔部(中心部)の三つの部分のうちの外套膜部(縁膜部)を使用します。 外套膜部(縁膜部)の外面には外套膜周縁に平行して走るこげ茶色ないし黄色の部分がみられます。 一般にこの着色部をピース線と呼びますが、この部分を含め2ミリから3ミリ角に切りとった外套膜片をピースといいます。 核の大きさに応じてピースの大きさは変えているようです。 ピースのおおよその大きさの目安としては一辺が(アコヤ真珠の場合)核の直径の40%から50%程度です。 このため、1個のピース貝から作製できるピースの数は、核の大きさが7.5-9.0mmの場合は十数個、6.0-7.5mmの場合は二十数個、4.5-6.0mmの場合は三十個程度です。


次に具体的にはどの様にしてピースを作るか説明します。
ピース貝の腹縁部を上にしてへらで貝柱を切断し、貝を二つに分けます。 切りはずした帯状の外套膜をピース板に内面が上になるようにおき、長くのばし、へらで外套膜縁部の褶を外側へひろげ、内面の粘液をこすりとります。 次に外面が上に向くようにピース板にのせます。 この帯状の外套膜の外面の粘液を軽く(強くこすると外面上皮細胞がとれてしまい真珠層の分泌をしなくなるので注意する)へらで取り去ると同時に、外套部の褶を外側にひろげ、整形しながらまっすぐにのばします。 その後メスで外套先端部を切除し、外套縁膜部外面にある色線がほぼ中心になるよう必要な幅に整形します。


この帯状に切った外套膜を核のサイズに応じて、ほぼ正方形に細断し(通常、2−3ミリ角程度)、清潔な海水をかけます。

次ぎにピースを染色します。 赤色系が主ですが、青い色素を使う人もいます。 これは主として挿入の際、位置を確認できるように目印を付けることにあります。 併せて、薬品処理(細胞活性剤=市販の例えばEOSIN・Y(和光純薬工業株式会社製)などをスポイトで滴下するなど)により、きずの防止、静菌作用、細胞の活性化や巻の促進をさせようとの考え方もあります。
この薬品処理の考え方は「ピース」の処理にとどまらず、「核」自体を(「核」を薬液に一昼夜程度漬け込むなど)処理する方向に発展しています。

挿核手術


真珠貝に種玉となる核を挿入する施術を「挿核施術」と言います。
しかし、養殖場ではふつう「玉入れ」と呼んでいます。
この技術はなかなか難しく、人によって、上手・下手があります。
その上、珠の成績に影響しますから、玉入れさんたちは経営者から大事にされています。

春がやってきて水温が上昇を始め、13゚Cに達しますと、養殖場では仕事が開始されます。
そして18゚Cになるといよいよ玉入れが始まります。
この水温になりますと、施術後の傷の治りも早く、真珠袋も早くできるので、真珠質の分泌が順調に行われるからです。 

実際の作業は次のような順序で行われます。

開口器で貝殻を開け、栓を外します。
ヘラで左右の鰓を分け、生殖腺がよく見えるようにします。
”ひっかけ”で足部の基部を下方に抑え、生殖腺と足部の境界より1mm 程手前の足部をメスで核がやっと入る程度に切ります。
そこから生殖腺の薄膜の真下部分に挿入する核の数に応じて、所定の位置までメスで核を入れる道を作ります。
別に作ったピースを”ピース針”につけ、メスで切開した道を通って奥に挿入します。
”核送り”の先端に核を吸着させ、切開口から道筋の奥まで核を挿入し、ピースと密着させます。
こうする事によって、移植された外套膜の小片−−−ピースは体内で再生し、核をすっぽりと包んで、いわゆる、<真珠袋>を作り上げます。
この細胞袋から真珠質が分泌され、核のまわりに沈着して、次第に真珠が形成されて行くのです。
所定の数だけ核を挿入すれば手術は終わります。


 一見して、誰にでも出来そうな技術ですが、貝にとっては大手術であるだけに、術後に死んだり、折角挿入した核を吐き出すなど、なかなかうまく行かないのが実状です。

真珠

養生


細かい網地をはった平篭、あるいはポリエチレン製の養生篭に開口部を上に向けて並べ、26℃以下の塩分濃度の高い水深2-5m の作業場前の筏に 2-4 週間垂下されます。

これは挿核手術前の生理的抑制状態から、手術後の回復を始める段階で、急に正常な環境に置くと過剰な生体防衛反応が生ずる可能性があるので、手術後に軽度な生理的抑制を加え、回復への転機を与えることにあります。 

珠貝養成


挿核手術が終わった貝は、最初の頃は「地まき養成」といって、挿核を行った貝は自然に於ける棲息の状態と同じように海底に散布して養成していました。
「地まき養成」ではタコ、ヒトデなどによる食害にあったり、赤潮や台風の来襲などの海況の変化による被害も少なくありませんでした。

赤潮
台風
真珠 真珠


水温や塩分濃度、溶存酸素量、プランクトン量などの漁場環境チェック、
貝に付着するフジツボや海草などを除去する貝掃除や、貝殻につく寄生虫を防除作業など、さまざまな養殖管理作業が必要となります。
また、8℃以下の水温や30℃以上の水温が続くと死んでしまうため、適水温の漁場へ輸送させる避寒・越夏作業も欠かせない大事な作業です。
写真は「浮き玉いかだ」による作業です。

真珠


沖だし(やや沖合いの潮流のある海域の筏で管理して)後、出来るだけ貝を成長させ、身を太らせていきます。
浜揚げまでに出来るだけ真珠層を厚く巻かせると共に、色調や光沢を良い真珠質を分泌させ、
品質のよい真珠を得ようとする過程を珠貝養成といいます。
真珠

10ヶ月から2年ほど育成され、その間に貝の体内では美しい真珠が育ちます。
 浜揚げ前の1〜2ヶ月間の貝の状態は、真珠の品質に大きな影響を与える大事な時期であり、
さらなる慎重な管理が必要とされ、化粧巻き漁場と呼ばれる最も適した環境の漁場で育成されます。

アコヤガイも海に住む貝類ですから、海の環境条件に支配されるのは当然です。
中でも水温にはもっとも敏感で、そのために、真珠養殖の出きる場所は限られているのです。
右の写真は「木枠いかだ」による作業です



 アコヤガイの生活水温は13-25゚Cの海を好みます。
そのために、夏の時期に内湾で28゚C以上の高水温が続きますと、アコヤガイは死んでしまいます。
ですから養殖業者達は毎日水温を測り、<警戒水温>(27-28゚C)が続けば、
養殖篭を吊っているロープを伸ばして、より水温の低い深い場所に貝を避難させるのです。
貝は32゚Cという高水温になりますと、殆ど全滅してしまうからです。
いっぽう低水温の影響はどうでしょうか? <貝殻の開閉運動>や<鰓の繊毛運動>などによって、
アコヤガイは13゚Cになると活動を停止して、冬眠状態にはいることが知られています。

そして、さらに水温が下がっても8゚Cまでは生きながらえますが、7゚C以下になりますと死んでしまいます。
つまり、冬期の水温が8゚C以下にならない場所でないと、養殖はできないことになります。


真珠
貝の引き上げ作業
  
真珠
貝を籠からはずす作業
  
真珠
貝の身をむく作業
  
真珠
真珠を取り出す作業
  
真珠
真珠を洗う作業
  

浜揚げ


浜揚げは通常寒さの厳しい冬の仕事です。
水温が下がると貝の活動は低下して、形成される真珠の表面も微妙に変化します。
12月下旬から2月上旬にかけて、真珠の表面光沢が最も良くなり、
真珠は最も美しい輝きを持つようになります。

浜揚げは事前の管理が最も重要です。

浜揚げされる真珠の光沢や色は浜揚げの1ー2ヶ月ぐらい前からの
環境や養殖管理に左右される部分が多いとされています。
浜揚げ前の環境はできるだけ変化の少ない安定した状態であることが望ましく、
養殖管理作業を行う場合でも貝に生理的な変化を与えないように
また、貝が充分に正常な活動を行えるようにします。
この時期に貝の生理活動を妨げると真珠層の積層に乱れを生じさせ、
ひどければ表層が溶けていわゆる”ボケ珠”になるなど、光沢が著しく悪くなります。

貝の引き上げ作業

浜揚げ作業そのものは単純なものです。
いくつかの貝を試しに開けてみます。
もし結果が良ければ本格的に真珠貝の入った篭を引き上げることになります。

貝を籠からはずす作業

引き上げた籠からアコヤガイをはずします。
籠は掃除して次の作業にそなえます。

貝の身をむく作業

篭から出した貝を貝剥き出刃で開き、
貝柱を残して貝の内部を全て取り出して肉砕機にいれます。
なお、貝柱は食用に販売しています。

真珠を取り出す作業

粘りを取るための生石灰またはその上澄み液を肉砕機に入れます。
貝の肉を粉砕します。
これを水槽に移し、肉片を水で洗い流して、底部に溜まった真珠を取り出します。
大珠などの採取は貝剥きナイフを用いて一個一個丁寧に手剥きで行うこともあります。

真珠を洗う作業

取り出した真珠は普通は木の桶にいれて食塩を加えて回転させて汚れを落とします。
磨き、水洗い後に商品価値のある浜揚げ珠、商品価値のない有機質真珠、
核のまま出てくるシラ珠、細工用や薬用などのケシ珠などに選別します。

 
貝掃除の作業など

 
附着物
 
 
貝掃除
 
 
貝の病気と害虫
 

附着物

真珠
左の写真は貝掃除が必要なネットです。

養殖中に貝殻の表面に色々な付着物が付きます。
問題は大部分を占める生物なのです。

 三つの点が指摘されています。
 第1は海水の流れが悪くなると言う問題です。
 第2は付着生物と真珠貝が生長する上で競合するという問題です。
 第3は貝殻の開閉運動に障害を与えるという物理的な問題です。

これらの問題点を解消するために貝掃除は欠かせない作業になっているのです。
 

附着生物の例をあげると次のとおりです。
下の図の番号と右側の附着生物の名称を参照してください。
真珠  
1:コブコケムシ
 
2:フサコケムシ
 
3:カサネカンザシ
 
4:ウズマキゴカイ
 
5:サラサフジツボ
 
6:シロスジフジツボ
 
7:サンカクフジツボ
 
8:タテジマフジツボ
 
9:イガイ
 
10:ナミマガシワ
 
11:マガキ
 
12:エボヤ
 
13:ユウレイボヤ
 
14:シロボヤ
 
主な付着生物には次のような季節的な変化があります。

4月、5月  フサコケムシ群集  樹状に成長するため、表面は浮動し
 内部は密林状態で匍匐動物が多くなる
5月下旬、6月  ネンエキボヤ群集  寒天状の群体が表面を被覆し
 他の附着物は付きにくい
7月、8月  カキ、フジツボ群集  かた塊状となり、
 互いに密着してふくれあがってくる
9月、10月  ウズマキゴカイ群集  他の生物の附着が少ない時期で、
 ウズマキゴカイだけが沢山附着する
11月、12月  フサコケムシ群集  ふたたび、フサコケムシが出現して、
 春と似たような群集を作る
1月、2月、3月  ウズマキゴカイ群集  他の動物の附着が少なくなるため、
 ウズマキゴカイだけが目立つ時期です


貝掃除


貝を掃除することなど大したことではないように思うかも知れませんが、掃除をする事の重要性は意外に大きく、また、作業としても手間のかかるものなのです。
真珠 左の写真は手作業によって貝掃除を行っているところです。

貝掃除は貝殻だけでなく、養殖のための籠やその他の器材についても付着物の除去が必要です。 なお、貝掃除に使用する道具を別に掲載してありますので、参考にしてください。

貝掃除の効果

貝掃除の効果について詳細が判っている訳ではありませんが、経験的にある程度のことは明らかになってきています。
例えば、4月から12月までの間に4回程度の貝掃除をすること(籠を取り替えることを含む)によって、
   貝の成長によい結果をもたらすこと
   真珠の品質のうちの色の出方には変化がみられないが、
   巻が良くなる
という影響がでることが判っています。


また、カキやフジツボの除去が他の附着物の除去よりも効果が大きいことが判明しています。

真珠
右の写真は機械によって貝掃除を行っているところです。

貝掃除による弊害

貝掃除に際しては貝を水中から取りだして、頑固な付着物の場合などは相当強い力を加えるといったことを行うため、貝に与える生理的な影響も無視することはできません。
貝掃除による弊害の主なものと考えられているのは、
海から籠を引き上げて掃除するため、
貝が空中に露出する時間ができること

カキやフジツボの除去などの掃除は強弱の差はあれ、
貝に衝撃を与えてしまうこと
の二点です。


この結果、貝が衰弱したり、成長が阻害されたします。
また、真珠の断面に特殊な層線が形成され、品質の低下を招く場合が生じえます。
これらの欠点を克服する方法として、
空中に露出する時間は最大でも60分にすることで、影響は最小限ですむことが判ってきた
貝への衝撃は最小限に留めるように取り扱うことで、ダメージを避ける
貝掃除の前後に移動などの貝に負担をかけることはさけ、休養させることが望ましい
などの対策が必要です。


 

貝掃除の器材について

真珠


貝の病気と害虫


貝が斃死するような原因としては色々なものがあります。
例えば、寄生虫、低比重海水、高水温、冷潮、硫化水素、赤潮、すみ潮、感染性病原菌、食害動物、その他産業排水などがあげられます。
ここでは、寄生虫や食害動物などについて述べておきます。

  真珠

貝殻に穿孔して害を及ぼすもの

多毛類 Polychaeta

右の写真は「多毛類」の例です
海綿類 Porifera
海綿の中には貝殻


貝の軟体部に寄生する吸虫類(セルカリア Cercaria )

セルカリア Cercaria とは
アコヤガイの軟体部に寄生する寄生虫です。 この

セルカリアの一生
真珠

被害


貝を食害する動物

うなぎ
うなぎは「卵抜き」中の籠に入り込んだり、衰弱している手術貝を襲い、肉を食べるといわれています。
伊勢湾台風のあと、「ウナギの腹中よりみごとな真珠を生む」という記事が新聞にのりましたが、
浜上げ直前の貝を食したものと思われます。

フグ、クロダイ
フグ、クロダイによる稚貝の被害も多い。
稚貝の籠を食いちぎり、中の稚貝を全て食べてしまうといいます。

タコ
タコは夏季、それも夜間に盛んに活動し、腕力で殻を開けて食するが、
これが困難なときは分泌液によって殻に穿孔し、毒液を注入して麻痺させ、殻を開かせ食害します。

ヒトデ
ヒトデは主につり線が切れて海底に落下した養殖籠に入り食害します。

その他

真珠
原生動物 Protozoan
右の写真は「カキに寄生する原生動物」の例です
左側が「胞子虫 Sporozoa」、右側が「鞭毛虫 Mastigophora」です
細菌 Bacteria など


 
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